社長日誌

DIARY

原作

 鬼平犯科帳は池波正太郎氏の作品ですが、さいとう・たかを氏がマンガにしております。
 さいとう氏は池波氏と関係がよほど深いのか他にも「剣客商売」、「仕掛人・梅安」もマンガ化している上に池波氏の死後は原作にない絶筆になった続きをマンガとして連載しております。
 しかし、私は池波氏の原作とさいとう氏のマンガを読み比べてみるとどうしてもさいとう氏がマンガの都合上か原作を変更している点に違和感を感じてしまいます。
 今回も読んでいて違和感を感じたのですが、マンガ文春時代コミックス「鬼平犯科帳14巻」の「流星」という話で「浜崎の友蔵」という引退して余生を送っている盗賊が長谷川平蔵の密偵になりたいがために火盗改めの役宅に忍び込む話があるのですが、これには非常に違和感を感じます。
 密偵と言えば聞こえが良いかも知れませんが、盗賊からすれば憎むべき裏切り者で「いぬ」と呼ばれ忌み嫌われている密偵になりたいということ自体が信じられませんし、密偵になりたいことを密偵の粂八に相談した下りも昔の仲間に自分が密偵になっていることを知られるということは即死を意味しますし、死ななくても密偵の仕事ができるはずがないのに「友蔵」が粂八を密偵だと知っていること自体もあり得ない話です。
 では原作はどうなっているかというと文春文庫「鬼平犯科帳第6巻」の「大川の隠居」という作品がこの部分にあたるのですが、「友蔵」はやはり密偵などにはなりたがっていないし、役宅に忍び込むのも長谷川平蔵の鼻を明かすためです。
 粂八との出会いも粂八が平蔵の命を受けて友蔵を調べに行って出会い、この話の中では結局自分が密偵であることを打ち明けることはありません。
 個人的に池波氏とさいとう氏の関係が深かったかどうかは知りませんがさいとう氏の作品は明らかに池波氏の世界観を壊す稚拙さがあります。
 小説とマンガは違うのだという主張はあると思いますが、原作を改編する訳を聞きたいものです。