社長日誌
店長合宿2023
推し活
趣味としてライトノベルを読んでいるのですが、最近は「小説家になろう」などの投稿サイトで製作途中の作品に感想を書いたり誤字報告したりすることにより小説自体を一緒に育ててることに協力できることに加えてTwitterなどでも交流して執筆時や書籍化の苦労についても聞かせてもらうことなども可能となっています。
ネットやSNSが発達する以前は夢のような話ですが、私は二人の作家さんと交流しながら著書を購入しています。
最近3月3日にも新刊が出て現在、読んでいる途中ですが仕事が忙しく中々落ち着いて読めないのが残念です。
早く読んでSNSに感想をアップして宣伝をお手伝いしたいものですが、こういうのも最近流行の推し活っていうんでしょうね。^^
里崎智也さん
昨日は徳島中央ロータリークラブ創立40周年記念行事に参加しました。
記念講演として野球解説者の里崎智也さんが「私の野球人生」というテーマで90分お話をされました。
最初は野球選手の話を90分も聞かされたら眠くて時間つぶしにこまっちゃうよねと憂鬱な気分だったにもかかわらず講演が始まってみるとあっという間に時間がたってしまいもっと聞きたい気分になっていたのには驚きました。
話の内容は笑いが多く楽しい中にも仕事や人生全般についても役立つ内容が含まれており特に「来た球ではなく来る球を打つ」という話は本当に参考になりました。
役に立つ話は本日の朝礼で本部社員の皆さんにも共有させていただきましたが、きっと皆さんにも役立つ内容だったと思いますね。^^
うどんや いのうえ
本日の昼食は次男と一緒に「うどんや いのうえ」に行きました。
いのうえは近所にあるのものの場所が地元の人間でも分かりにくいようなところにあるため行くのも久しぶりだったのですが、オープン時間の11時にほぼ合わせて行ったにもかかわらず既に行列が店の外まであふれていました。
以前はそこまで混んでいなかったのですが、食べログの評価が4.44と高くなっており徳島のうどん評価ランクも10位に入っていたので行列のできるお店となったようです。
うどん自体は打ち立ての少しふんわり目のもので申し分ありませんし、天麩羅も少し固めに揚げられておりうどんに乗せて食べても崩れにくいので良い感じです。
あまり混む店は好きではないのですが、また近いうちに行きたいよねと次男と話しながら帰って来る満足感でしたね。^^
とくしまリスキリングフォーラム
花粉症酷い
昨日まで一泊二日で東京へ出張してきておりましたが、花粉症が酷くクシャミが止まらなくて困りました。
1日の夜からクシャミが出始め、2日は帰宅するまでに50回以上はクシャミをしたと思います。
ニュースを見ていると大阪で大きな交通事故があり原因はクシャミではないかということが報道されていますが、これだけ酷いと現実味を帯びているように思います。
花粉症の薬を飲み始めたので、現在は少し楽になっていますが、先日のアレルギー検査の結果は何だったんだろうと思っちゃいますね。(-_-)
フランチャイズショー2023
米山奨学生送別会
昨夜は鳴門ロータリークラブの炉辺会合があり、今年度米山奨学生である李妍琳さんの送別会が開かれました。
李さんは東京の企業に就職が決まったということで中国へ帰国するわけではありませんが、これまでのように会う機会もないと思います。
李さんのことを娘のように可愛がっていた長町さんはしばらく喪失感が大きいのではないでしょうか。
しかし、こういった出会いと別れがあることにより限られた時間をお互いに大切に思うことができるのもまた真実だと思います。
来年度もあらたな米山奨学生を鳴門ロータリークラブでお世話することが決まっておりますが、また良い関係を構築していきたいなと思いますね。^^
幸せの青い鳥
本日は当社の社員交流事業であるハッピーファミリーがあり、鳴門のアオアヲリゾートホテルで和食バイキングを食べました。
アオアヲリゾートホテルの和食バイキングは地元の産品を使用し、味も良いので非常に人気が高いのですが、コロナ禍の関係で長期間休止しており2月1日より再開したところなのです。
たくさん食べてお腹一杯になったところで色々とお話をしているとデッキに珍しい鳥がいると尾崎さんが見つけて教えてくれました。
写真を撮って後で調べてみると「イソヒヨドリ」の♂ということで幸せの青い鳥と呼ばれることもあるということです。
1年間一緒にやってきたハッピーファミリーの皆さんとご一緒した最後に幸せの青い鳥が来たなんてなんか良い気分になれましたね。^^
國永美由姫さん
本日の午前中は色々と予定があったのですが、長年勤めてくれた國永美由姫さんの退職日にあたりますので、無理をして朝礼に参加し、國永さんへのお礼の言葉を述べたり、花束の贈呈を行ったりしました。
國永さんは25年以上当社に在籍し、物流担当としてEC支援部設立当初から関わっていただき非常に貢献の高かった方です。
近年はご家庭の事情で休暇を取ったり働き方を変えたりしながら勤めていただいていたのですが、本人の希望でそろそろ線を引きたいということでした。
退職することは残念ですが、今後の國永さんの人生が充実したものであるよう願っております。








