社長日誌
道標塾第3回 2026
本日は2026年度西川経営道標塾の第3回目でした。
今回で理念作成についてはとりあえず完成する予定となっていましたが、皆さん真面目に考えていただいたからこそかえってまとまらず次回も時間をとることになりました。
やはり理念は正しいことを並べるだけでは魅力的な理念になりません。やはりその会社ならではの企業文化や社長の経営観、思想などが反映されてはじめて他に替えの効かない自社の理念となっていくのだと思います。
かなり時間をとって討議しましたので、次回もきっと素晴らしいそれぞれの理念が紡ぎ出されていると思いますね。^^
ふるさとミライカレッジモデル実証事業
徳島大学の段野教授からお誘いがあってふるさとミライカレッジモデル実証事業に関わることになり、本日は全体でのミーティングがありました。
海陽町で第一次産業と観光ツーリズムを掛け合わせた事業を行い海陽町の発展に貢献するというものですが、これまでは段野先生やニタコンサルタントさん達が進めてこられたものです。
この度、総務省の補助金事業として事業を拡大するために組織改編をおこなうこととなり私にも参加の要請があったのです。
プロジェクトに対して助言を行ったり取りまとめをサポートするのが役割ですが、今後はお役に立てるよう頑張っていきたいと思いますね。^^
インディアンカレー
ノア外耳炎
先日からノア(黒猫・メス)が外耳炎になり、獣医さんに診てもらっていました。
もともとノアは耳の中の湿気が多く、耳垢も粘り気があるため、外耳炎になりやすい体質なのだそうです。
処置をしていただいて一旦は落ち着いていたのですが、昨夜あたりからまた痒みが出てきたようで、明け方にはかなり耳を掻いていました。そのため、洗濯ネットに入れて獣医さんへ連れて行ったのですが、いつも診察されている日曜日の午前中が、なぜかお休みでした。
そこでChatGPTにも相談し、掻いたときに耳へ傷がつかないよう、家内と一緒にノアの爪を切ることにしました。
かなり気になる様子なのでかわいそうですが、なんとか明日の診察まで我慢してくれたらと思いますね。
臨空本部 就業時間変更
本日から、実験的に当社臨空本部の就業時間を8時45分から17時30分(休憩含む)へ変更しました。
当社では、これまで店舗営業を主体として運営してきた経緯があり、休みや休憩もローテーションで回す体制が長年定着していました。そのため、代行業務の発生などによるロスも少なくなかったように思います。
一方で、今後さらに業務効率を高め、平均賃金の向上や有給休暇取得率の改善を進めていくためには、従来のやり方にこだわらず、時代に合わせた変革を進めていくことが重要だと考えています。
ただ、長年続けてきた仕組みを変更する際には、さまざまな不具合や課題が出てくるため、慎重に進めることも大切です。本日も早速、「一斉に食事を取ると食堂が手狭になる」といった意見が出てきました。
しかし、効率を高めながら社員の待遇をより良くしていこうという目的は共通していますので、今後も社員の皆さんと一緒に、より良い業務のあり方を模索していきたいと思いますね。^^
ふらんせ蔵
金融クラブ
昨日は、以前にも社長日誌で書いた「金融クラブ」の第1回目の活動を行いました。
初回ということもあり、今回は私の方から「お金の知識」についてお話をさせていただきました。
参加者はオンライン参加の方も含め、私を除いて10名でしたが、幅広い年代の社員が参加してくれ、皆さん熱心に耳を傾けてくれていました。
日本は他の先進国と比べると金融教育が遅れていると言われており、学校教育で金融教育が必修化されたのも2022年からと比較的新しい取り組みです。
そのため、それ以前に社会へ出た世代の中には、十分な金融教育を受ける機会がないまま社会生活を送ってきた方も少なくありません。だからこそ、会社としてその不足を少しでも補う取り組みも必要ではないかと考え、今回の金融クラブ設立につながったのです。
限られた時間だったため、十分にお伝えできなかった部分もありましたが、今後少しずつでも参加者の金融知識が高まり、それぞれの人生に役立ってくれたら嬉しいですね。^^
エミネルファミリーフェスタ
鮨・割烹 つだ
浄土での再会
昨日は、鳴門ロータリークラブ会員でもある圓勝寺住職様のお母様の葬儀に参列してきました。
葬儀の最後に行われた喪主挨拶では、お母様への深い情愛が感じられ、大変心に残りました。特に、「また浄土でお会いできることを楽しみにしています」といった趣旨のお話には、故人への想いの深さが感じられ、非常に印象的でした。
我が家は真言宗ですが、真言宗では輪廻転生や悟りといった考え方に触れることが多いため、「浄土で再会する」というお話は、同じ仏教でもまた違った死生観として興味深く感じました。
同じ仏教であっても、宗派によって死生観や救いに対する考え方にはさまざまな違いがあり、あらためて仏教の奥深さを感じましたね。











